クランパスパレード

毎年12月、アルプスの村々に夕闇が訪れると、オーストリアの街路は牛の鈴の轟き、たいまつの炎、そして角と毛皮に身を包んだ悪魔たちの姿で一気に異世界に変わります。クランプスパレード（クランプスラウフ）は、サンタクロースの夜に現れる“半分ヤギ・半分悪魔”のクランプスが聖ニコラウスとともに街を練り歩き、悪霊を追い払い、観客を驚かせて楽しませる何世紀も続く伝統行事です。ザルツブルクやインスブルック、数多くの山村で開催され、フォークロアとスリル、冬のダークな魔法が融合したこの祭りは、家族連れも刺激を求める人も、ヨーロッパのクリスマスの“裏側”を体感したい人にもおすすめです。

松の香りとグリューワインの湯気、怪物マスクのインパクト、石畳に響く鎖の音…クランプスパレードは五感を刺激するお祭り。家族も、スリル好きも、伝統文化に興味がある人も、誰もが“冬の魔物”と出会える夜です。

パレード本番：クランプスが街を疾走

仮装・マスク・装飾のこだわり

伝統グルメと冬のドリンク

クランプスの起源は、キリスト教以前のアルプス地方に根付く自然信仰や精霊信仰にさかのぼります。冬至を迎える暗く長い夜、仮面をかぶった人々が村々を練り歩き、悪霊や災厄、冬の寒さを追い払う「魔除け」の儀式が各地で行われていました。特に山岳地帯では、自然の脅威や未知の力を恐れ、仮面や毛皮、角など動物的な装飾をまとった“異形の存在”が、村の守り神や精霊の化身として登場したと考えられています。こうした風習が、後にクランプスの原型となっていきました。

中世以降、キリスト教が広まると、クランプスは12月6日の聖ニコラウスの祝日と結びつきます。聖ニコラウスが善行を積んだ子どもに贈り物を配る一方で、クランプスは悪い子や怠け者を脅かしたり、枝で軽く叩いたりする“お仕置き役”として登場。こうした二面性は、善悪や報いの概念を子どもたちに教える道徳教育の一環として、また若者たちが大人社会の一員となる通過儀礼としても、地域社会に深く根付いてきました。クランプスの仮面や衣装は家ごとに受け継がれ、村ごとに異なるデザインや伝承が今も残っています。

現代のクランプスパレードは、オーストリア各地のアドベント（待降節）を彩る冬の風物詩として、都市から山村まで幅広く開催されています。パレードでは、たいまつや火、爆竹の音、恐怖と祝祭の高揚感が一体となり、観客も巻き込んで地域全体が熱気に包まれます。地元の若者や家族が何ヶ月もかけて手作りする木彫りのマスクや毛皮の衣装は、民芸品としても高く評価され、世代を超えた誇りと結束の象徴です。観光客にも人気の“生きた伝統”として、各地のパレードには数千人から1万人以上が訪れ、地域経済や文化発信の面でも重要な役割を担っています。

クランプスパレードは、単なる奇抜な祭りではなく、冬の闇や不安を乗り越え、共同体としてのつながりや自然への畏敬、そして「悪を追い払う」力を分かち合う、オーストリアならではの文化遺産です。火と恐怖と祝祭が融合するこの夜は、現代社会においても人々の心に強い印象と連帯感を残し、毎年新たな物語と記憶を生み出しています。

観光客として初めてクランプスパレードを体験しました。夕暮れの冷たい空気の中、遠くから牛鈴とたいまつの炎が近づいてくると、胸が高鳴ります。間近で見るクランプスのマスクは本当に圧巻で、血走った目やねじれた牙、手彫りならではの木の質感が生々しく、息を呑むほどの迫力でした。

パレードの後、地元の仮面職人さんと話す機会がありました。彼は「このマスクは一つ一つ地元の木を使って彫り上げ、何日もかけて手作業で彩色するんです」と誇らしげに語ってくれました。実際に作業中の道具や、代々受け継がれてきた古いマスクも見せてくれて、伝統へのこだわりと家族や地域に対する誇りがひしひしと伝わってきました。衣装の毛皮や鈴もすべて本物で、細部まで手作り。

パレードを見ているだけでなく、こうした職人の想いに触れることで、クランプスという文化が地域の人々の心にどれほど深く根付いているのかを実感しました。

• クランプスマスクは家宝として何代も受け継がれ、民芸品としても高く評価されています。
• 村によってはクランプスが観客を“さらう”演出や、子どもを追いかけるパフォーマンスも（もちろん本気ではありません）。
• クランプスの伝統はバイエルン、北イタリア、スロベニア、ハンガリーなど周辺国にも広がっています。

クランプスパレード（クランプスラウフ）は毎年12月初旬、特に12月5日・6日を中心に、ザルツブルク、チロル、シュタイアーマルク、ケルンテンなどオーストリア各地の町や村で開催されます。詳細は各地の観光サイトをご確認ください。